カテゴリ:闘病記( 4 )

イニシエーション完了

手術後、朦朧とした記憶の中ではママパパが面会にきた覚えがあるのだが、よく覚えていない。
手術後の全身麻酔がきれたころが一番しんどいとよくきくが、そのとおりであった。しんどかった~。同じ日に手術をうけた患者さん、私を含め4人が集中治療室で管理されていたらしく、朝、着替えを終わった後、カーテンがいっせいにあけられて、うつろな状態の患者4人がごた~いめ~んよろしくベッドに座っている。朝ごはんをなぜかそこで一緒に食べる設定らしいのだが、味噌汁を一口すすった段階ですっぱいものがあがってきて...そそうをしました。しかもみんなの前で。。。恥ずかしいのとつらいのでひさんさ120%。ナースコールをおして自室につれていかれる。(そんなんやったら最初から自室で食べさせてっって感じなんだけど。。)

今回お世話になったK病院は甲状腺関係の治療においては全国でも名前がとおった病院であるらしく、入院している患者さんは一様に首のところの手術のようである。

手術前に、談話室や廊下で他の患者さんとすれ違うときに、ほとんどの人が首に縫製された痕があるのだが、ちょっと異様。
だって想像してみて。みんながみんな首に縫ったあとがあるんでっせ。
なんか収容所か宗教団体のイニシエーションのしるしを思わせる。

「あ~この人、もうイニシエーション終わったんやな~」、とかね。。
(映画の見すぎ?)
「あ、この人血の管が出てるから新しくやったばっかりやな~」とか、
今日から番号で呼ばれたりして。。とか、、ね。
記憶を取り去られているとか。。
(しつこい)

ちょっと非日常な光景であった。
だって、首のところに縫い目があってみんなうつろ~な感じのパジャマなんですぜ!!

ちょっとSFちっくな7日間でした。
微熱をともだちに、退院。ようやくイニシエーションを終え、しゃばに戻される。

しゃばの服に着替えた後は、ゴスな感じ満載。口紅を紫か黒にすれば完璧ゴススタイル。生糸TATOOよろしくハード系ロックンローラーにも見える。(セイキマツ系?)

記憶のひとつやふたつはとんでいるかもしれないぜ。。。
いずれにしてもハード系。
by hiromi_iuchi | 2007-07-10 21:09 | 闘病記

入院

入院に向けて調節。地元の友人数人にお知らせの上、健闘を祈るエールを送られ準備体操。
3児の母であり睡眠1時間という友人Yがなきそうな声で電話してきた。かなり心配しておった模様。マイナーがんであることを説明、そんなに心配は無用な旨を伝え、そのお返しにグチをきくと、その内容は「あんたのほうが心配や」と言ってしまいそうな超人的な多忙スケジュールなのであった。。
声帯神経を刺激する可能性があるらしい手術であるというと、これが最後のカラオケになるか!とばかりに睡眠1時間のくせに誘いにきた。姫路市児童合唱団の時から一緒である彼女とは会うたびに歌いまくっている。
手術前日。最後のリサイタルということでふたりでカラオケにいって12時まで歌いまくり。

入院1日目。雑誌いろいろ買い出しにいく。病室に戻ってみるとママがベッドで昼ねしてたぞ。恐るべし。
夕方、母も帰り、ひとりきりで談話室をパジャマでうろうろ。
首に手術アトがばっちり残るおばさんと目が合い、びびる。いろいろとびびる話を聞く。初めて怖くなってくる。

入院2日目。朝からひとり。風呂に入って首までお湯につかれるのは今日まで、ということで2軒隣の銭湯にいくことを決めている。4時にれいこが見舞いにくる。ついてそうそう風呂やに直行。れいこも見舞いに来て風呂屋につれていかれるとは思ってなかったであろう。
パジャマでうろうろ、喫茶店。訪問時間ぎりぎりの8時までひきとめて、泣く泣く送り出す。

入院3日目。手術当日。
昼から両親到着。娘の見舞いにきたはずが、ママパパとも診察を受けていた。(どんなんや)
あたしの病室は待合場所みたいになっとったぞ。手術着に着替えたりして切腹前の心境。4時ごろから手術室へ移動して、全身麻酔のあとは・・もう・・不明。

つづきはまた。
by hiromi_iuchi | 2007-07-10 16:04 | 闘病記
癌宣告を受けて3日後、NYへ戻る。

癌という言葉のもつ力は想像より大きいことに気づく。
まわりの人々の反応に本人のほうがびっくりしていた。
マインドコントロール制御装置が勝手に全開になっているようだ。
始終たんたんとしている自分を客観的に見る自分がいる。
花月行きを強行したのもどこかで感情に翻弄されることを忌み嫌う自分の癌に対する抵抗か?

ただ皆に説明したのは、癌の種類にもいろいろあるらしく、わたしが授かった甲状腺乳頭がんというやつは、成長が遅く他の臓器への転移が少ない、言ってみればマイナー癌?なのであった。。不幸中の幸いとはこのことだす。

いろいろな人の励ましをうけつつ、禁煙をすすめられ(れいこには最終通告を言い渡される)ながらもしつこくすっていたが、、、
あたたかいお言葉に励まされながら、6月中旬の再帰国にむけて仕事を片付ける。
最後はばたばたしながら、れいこ主催のカラオケリサイタルで濃いキャラ友人たちに壮行会を催していただき、いざロスへ出張。

ロスでも仕事収め、2回の壮行会。酒飲む飲む。

たんたんとスケジュールをこなし、いただいた見舞い品をスーツケースにつめて、パパ・ママの待つ姫路へ。

この2週間あまりの間にいただいた友人、仕事仲間たちからのぶ厚い言葉をいっぱい胸にもつめて。
by hiromi_iuchi | 2007-07-07 17:28 | 闘病記
え~。なにから書いたらいいのか、わからないぐらいご無沙汰してしまっているブログですが、、いろいろありましたよ~。

わたくしにとっては一大事件勃発。ブログに登場させることをためらいつづけて約2ヶ月、やはり書いてしまうことに決めましたぁ!!!(だって暇なんやも~ん&他に書くことがない&結構ネタになる)もう一段落ついたしいっかぁ~という感じでの回想録。

実はおととい退院しました。入院の理由は「甲状腺乳頭がん」のため甲状腺の摘出手術。

5月中旬に首のあたりに位置する甲状腺にできている腫瘍の細胞を摂取、検査。この細胞は腫瘍に針みたいなものをちくっとさして取り出すのだ。すごいでしょ?これで良性か悪性かが分かるのだ。ちなみに腫瘍ができている人の7~8割は良性であるらしいとのことより、一生を通してくじ運の悪い私は多数のほうであろうものとタカをくくっておりました、と。

その1週間後、結果をききに病院へ。
せっかく神戸まで行くのだから、そのついでに前々から行きたかった吉本新喜劇、なんば花月を電話予約しておく。
予定では午前中、神戸の病院で結果をきいて(きっと良性で30分で終わるだろう)、その後、ママと一緒になんば花月デートでいくよくるよで大笑いする。~というシナリオを組んでいたのだ。

ところがどっこいです。
悪性=がん!との宣告にが~ん。

でもみなさん、えらいものですね~。
その宣告があった直後に私の中のマインドコントロール制御機能がスイッチオンになったのか、すんごい冷静なのであった。
「あ~そ~ですか~。」、以上。
自分でもびっくりした。
もう一人の私が、「あれっ?君、結構、冷静やん?」といっておった。
これは常に客観的であることを日頃から自分自身に訓練させている成果なのか?

摘出手術を承諾して、午後には手術などのスケジュール設定を医師とうちあわせしなければならないらしい。
ここでまた、もう一人の私が登場。
「え~花月いかれへんやん。がんに予定まで狂わされてていいのん?」とささやいてくる。
それもそーやなーと思い、
「午後から予定があるんですけど。」と花月行きを強行する心意気をみせる。
(横で聞いているママはきょとん、としていた。あの顔を今思い出すとおかしい)
なんやかんやで運良く?1時に担当医との面談、手術の予定を決めることが終了し、
「ママ、花月いっとく?」

心なしか会話の少ない母と娘は、2時半開演に間に合うように電車を乗り継ぎ、走ってなんば花月に到着する。3時間もの漫才と吉本新喜劇のベタな笑いを堪能し、帰りはチボウで高級お好み焼きをたべて帰途に着く。 結構やけくそ気味だったと思うのは、帰り姫路まで豪華に新幹線で帰ったこと。

ママちゃん、花月につきあってくれてありがとう。
母の内心の不安を思うと、彼女の深い思いやりとその開き直りモットー姿勢に感謝する。

結構、本人よりまわりの人のほうが気持ちの整理が大変なのかもしれない。

その続きはまた。
by hiromi_iuchi | 2007-07-06 13:57 | 闘病記